• WHISKY & SPIRITSの現在
  • 暑い国で、常識破りのウイスキー造り
    飲めば驚く「海外クラフト蒸留所」の実力

    TWSC実行委員長
    ウイスキー文化研究所代表
    土屋 守

 ウイスキー造りの現場を取材するため、世界中を歩き回っている土屋守。新興国の経済的な台頭、クラフトウイスキーの世界的流行などを背景に、ウイスキーの世界地図が変化しているのを実感するという。実際、TWSCへの出品を見ても、新しい生産地、新しい蒸留所の勢いが感じられる。いま、世界のウイスキーに何が起きているのか。土屋が、ダイナミックに変化する最新状況を語る。(文中敬称略)

常識破りの暑い地域で
個性的なウイスキーを造る。
インド、台湾にはびっくりです

── 従来、ウイスキーの生産地として、スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、そして日本が5大ウイスキーと呼ばれてきた。消費のあるところに生産もある。主な消費地もその5エリアに加えてヨーロッパの国々あたり、というのがひと昔前の常識だった。しかし、いつの間にかその構図は大きく変化している。

 実は、現在、世界最大のウイスキー消費国はインドなんです。インドの人口は約12億人で、年7%台の経済成長を続けている。すでに日本の人口を超える数の中産階級がいて、それが爆発的に増えている。かつてイギリスの植民地だったこともあり、ウイスキーには馴染みや憧れがある。以前からウイスキーが結構飲まれていることは分かっていましたが、統計的な数字がなく、実態は知られていなかったんです。

 ところが、2005年から2006年くらいに統計が整備されてくると、とんでもない消費量であることが判明してきます。それまで、世界一のウイスキー消費国は、3億人の人口を抱えるアメリカ、2位はフランスだと認識されてきました。しかし、統計で判明したインドの消費量は、アメリカの3~4倍、フランスの10倍以上だったんです。

 では、彼らが飲んでいるウイスキーはどんなものなのか。実は、われわれが聞いたことのない銘柄ばかりなんです。よく世界のウイスキー売上ランキングが発表されますが、最近は、トップ10に入る銘柄のうち、4位くらいまでは全部インディアンウイスキー。グローバルブランドは、ようやく5位あたりに「ジョニーウォーカー」、続いて「ジャックダニエル」が入る程度です。トップ10のうち、7つくらいはインディアンウイスキーなんですね。いま、「ジョニーウォーカー」の売上は年間でだいたい1900万ケース、「ジャックダニエル」は1250万ケースくらいです。これに対してランキングトップのインディアンウイスキー「オフィサーズチョイス」は年間3000万ケースを軽く超えているんです。

 ただし、これらのインディアンウイスキーは、EU域内ではウイスキーとして販売できないものなんです。「穀物を原料とする蒸留酒を木の樽で熟成させたもの」というのがEUにおけるウイスキーの定義なのですが、インディアンウイスキーは、この条件を満たさないんですね。インディアンウイスキーの原料はサトウキビ由来のモラセス。すなわち、砂糖を精製する際に出てくる副産物の廃糖蜜です。モラセスに水と酵母を加え、発酵させることでアルコールに転化し、これを蒸留する。最後に色と味と香りを付ければインディアンウイスキーの出来上がり。売上の上位に並ぶインディアンウイスキーは、すべてこのタイプです。

寒い気候でなくても本格ウイスキーは造れる

── とはいえ、それだけのウイスキー人口がいれば、当然、グローバルに通用するウイスキーを造りたいという動きも出てくる。現にいくつかの蒸留所が、稼働している。

 世界標準で通用するウイスキーを造っているインドの蒸留所といえば、例えば、アムルット蒸留所。南部のカルナータカ州の州都で、標高900メートルの高原都市バンガロールにあります。IT産業で有名な街ですね。この蒸留所は、10年くらい前からシングルモルトの「アムルット」を生産しています。私は、スコッチの本場、グラスゴーで売られているのを見て、初めて知りました。その後、世界各地で売られるようになりましたが、同じようなウイスキーがいくつか登場してきています。

 「ポール・ジョン」もそのひとつ。同じくバンガロールにあるメーカーが、インドのゴアに蒸留所を建て、シングルモルトの生産を始めたのが7~8年前。インドの基準でシングルモルトを名乗るには、「穀物を原料とした蒸留酒で、1年以上の熟成」が必要ですから、先のモラセスウイスキーとは別のもの。日本では、2017年から国分が販売していて、初めて飲んだ時は、インド製という先入観を打ち破る品質の高さにびっくりしました。

── インドで世界標準のウイスキーが造られることの衝撃は、その気候風土にある。従来、ウイスキーの生産には冷涼な気候が欠かせないのが常識だったからだ。現に5大ウイスキーは、その条件を満たす地域で生産されている。

 これまでウイスキーが寒いところで造られてきたのは、発酵、蒸留、熟成という工程を経るからなんです。発酵には、雑菌が繁殖しないような温度管理が必要ですし、蒸留後の冷却には、大量の冷たい水がいる。必要な冷却水の温度は15~16℃ですから、暑い地域では厳しいでしょう。熟成にしても、温度が高ければ熟成のスピードも速く、コントロールが難しい

暑い地域だからこそ出せる旨さがあります

── インドだけではない。最近、品質の高さで世界的な注目を集めているシングルモルト「カバラン」は、亜熱帯に属する台湾の蒸留所だ。台北の南60㎞、宜蘭県にある蒸留所を訪れてみて、土屋は納得したという。

 訪れてみると、蒸留所の背後は雪山山脈なんです。4000m近い最高峰をはじめ、3000m級の山々が連なっています。そこに亜熱帯特有の激しい雨が降る。雨は山肌に浸み込み、伏流水となって平野部に流れてきます。蒸留所では深い井戸を掘って、この伏流水をくみ上げている。その水温は15~16℃。亜熱帯にありながら、ウイスキー造りに適した水が無尽蔵に使えるんです。蒸留所の親会社である金車グループは、台湾屈指の飲料メーカーで、もともとは、ここでミネラルウォーターを製造していたそうです。

── 仕込み水と冷却水はある。あとは熟成の環境だが、やはり暑い地域ならではの工夫によって、特徴あるウイスキーが出来上がってくる。

 年間の平均気温が27℃くらいあり、真夏には貯蔵庫内の温度がかなり上がってしまいます。熟成中に蒸発して減る割合、いわゆるエンジェルシェアは初年度18%、平均で15~16%くらい。10年寝かせたら樽は空っぽになる計算です。ちなみにスコッチのエンジェルシェアは2%。台湾では、それだけダイナミックに熟成が進みますし、良くも悪くも樽の成分がウイスキーの中に凝縮していく。樽の影響を受けやすいんです。こういったことは、かつてはマイナス要因でしかありませんでした。しかし最近では、発酵や熟成の研究が進んだこと、品質のいい樽が開発されたことで、これを逆手にとり、実験的で個性的なウイスキー造りが可能になってきました。なんせ、スコッチで30年かかる熟成が、「カバラン」では5~6年で完了してしまうのですから。

 例えば、ウイスキーの熟成に使われるシェリー樽。通常は、熟成が比較的進みやすいオロロソの空き樽を使います。一方、同じシェリーでもフィノの樽を使うと熟成に非常に時間がかかる。昔、スコッチの「ボウモア」が仕込んだ時は、熟成に40年以上かかりました。それが、「カバラン」の環境であれば、6~7年で熟成する。さまざまな実験的な仕込みが可能になりますし、知見を積み上げていくスピードも速い。もちろん、寒い環境で熟成に時間をかけたものと、暑い地域で短時間に熟成したもので、同じものが出来上がるわけではありません。むしろ、仕上がりは、全然別のものでしょう。それだけ、個性豊かなウイスキーのバリエーションが増えていく、ということだと思います。

アジアがウイスキーの先進地域に

── 実は台湾も、隠れたウイスキーの消費大国だ。近年、ウイスキーの消費面でも生産面でも、アジアの存在感が急激に大きくなってきている。

 スコッチウイスキーの輸出先として、台湾は世界第4位。2350万人という台湾の人口を考えると、1人当たりのスコッチ消費量が世界トップクラスであることは間違いありません。しかも、シングルモルトの比率が圧倒的に高い。例えば、「マッカラン」は、台湾で年間20万ケースくらい飲まれています。それに対して日本は年間5~6万ケース。「マッカラン」は、日本で人気ナンバーワンのシングルモルトですが、これだけの差があるんです。余談ながら、韓国も、日本よりスコッチウイスキーの輸入量が多く、世界のトップ10に入るほど。ただし、こちらは9割以上がブレンデッドウイスキーです。韓国向けの専用ブランドやボトルもあります。

── 世界的なウイスキーの消費ブーム、クラフト蒸留所の設立ブームを受けて、この先、ウイスキー市場はどう変わっていくのだろうか。シングルモルト志向が、さらに強まっていくと土屋は見る。

 インドネシア、タイ、パキスタン、イスラエル、南アフリカ、オーストラリア・・・世界中にウイスキーの蒸留所ができ始めています。30年前、世界中でウイスキーが売れず、スコッチの蒸留所が苦し紛れに出したのがシングルモルトでした。当時、シングルモルトのシェアはわずか1%。そこから徐々に火が付き、2000年頃には5%。現在は数量ベースでシェア1割、金額ベースで2割超を占めるところまで成長してきました。中価格帯、高価格帯のウイスキー市場では、シングルモルトのブームが、世界を席巻している状況です。そして、新興国で次々に建設されるクラフトウイスキーの蒸留所は、すべてシングルモルトが基本。これからのウイスキー市場は、嗜好品としての付加価値が高いシングルモルトと、普及品としてのブレンデッドとに、二極化が進んでいくんじゃないでしょうか。

(text=TWSC実行委員会)