• WHISKY & SPIRITSの現在
  • ウイスキー造りは息の長い仕事
    どんなコンペの結果も通過点です

    サントリースピリッツ株式会社
    ウイスキー部長 兼 ブレンダー副室長
    鳥井憲護

 東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)の見どころのひとつは、日本人審査員に、ジャパニーズウイスキーが、どのように評価されるのかということだろう。国内、海外の有名ブランドを数多く擁し、海外コンペで数々の受賞に輝いてきたトップメーカーのサントリーにとっても、日本人による大規模な国内コンペは初めての経験だ。「ウイスキー冬の時代」を乗り切り、現在のウイスキーブームを牽引してきた同社に、ウイスキー市場の現状、コンペへの取り組みを語ってもらった。(文中敬称略)

ウイスキー造りは息の長い仕事
どんなコンペの結果も通過点です

──ウイスキーにとって、2007年はどん底の年だった。1980年からウイスキーの消費量は減り続け、2007年には74,000klの最低値を記録。最盛期の8割減という、信じられないような凋落を経験した。しかし、消費量はそこからV字回復。現在では、2007年の2倍以上にまで数字を伸ばしてきている。その反転の契機となったのが、サントリーが打ったひとつの施策だった。

 ウイスキーの低落に歯止めをかけようと、色々な手を試みてきたんですが、なかなか効果が上がりませんでした。そんな中で、2006年、2007年頃に、もう一度、ハイボールにフォーカスしてみようと、当時は家庭で飲まれていた「角瓶」をハイボールにして、飲食店で出すことを提案しました。

 それまで、飲食店で出すウイスキーは、少し高くても美味しいものをということで、やや高めの銘柄が多かったんですね。しかし、そんなことを言っていられる状況ではありませんでしたし、1997年の酒税法改正で、焼酎とウイスキーの税率が近づいた結果、低価格のウイスキーが一時的に伸びたという背景もありました。

──結果的に、ハイボールは瞬く間に普及し、ウイスキー消費回復の起爆剤となる。それ以前にも、ハイボールの提案は何回も行われてきたが、対象の顧客層と提案方法とが、過去のものとは全く違っていたという。

 昔からウイスキーを飲んでいたような方ならハイボールは知っていますが、ウイスキーの低迷が長らく続いたことで、ハイボールを知らず、むしろ新鮮に感じるような若い層が育っていたんですね。強い酒だとばかり思っていたウイスキーに、こんな飲み方もあるのか。飲んでみるとサッパリして飲みやすい、美味しい、といった反応が出て、数字が少し上向きました。

 この千載一遇のチャンスを一過性のブームに終わらせてはいけない、ここを皮切りに、ウイスキーの理解者を増やしていこうよと、それから先は、量を求めるよりも、まず提供するクオリティを重視するようになりました。

 ハイボールであれば、ウイスキーとソーダの比率、ソーダの温度、氷の量、あらかじめグラスやジョッキを冷やすことなど、美味しいハイボールをつくるポイントを、飲食店のスタッフに丁寧にお伝えしていきました。いわば、美味しいハイボールを提供いただける店舗様に対し、ご理解いただいた感じです。最近は、外国人スタッフも多いので、中国語や韓国語でポイントを説明したステッカーを作り、厨房に貼ってもらったりもしました。

「角瓶」から、いきなり「響」「山崎」へ

──ハイボールを入り口に、ウイスキーの魅力を知った若者たち。比較的安価に飲めるハイボールと、現在のプレミアムウイスキーのブームとは、一見、結び付かないように思える。しかし、そこには消費スタイルの変化があると鳥井部長はいう。

 かつての日本には、クルマでもお酒でも、ヒエラルキーがあって、社会的、経済的な地位と製品の階層とがリンクしていました。課長になったので、「オールド」を飲むとかね。でも、いまは、自分が気に入ったとなると、「角瓶」からいきなり「響」に行ったりもする。ステップを踏まないですね。

 「響」も「山崎」もまったく知らなかったけど、友達の薦めでバーで飲んでみたら美味しかった。だから、プレゼントで父親に「山崎」を買ってあげました・・・・そんな話が聞かれるようになったのが、2014、2015年頃からですね。

 いまは、メーカーがアピールするよりも、SNSや口コミのほうが説得力を持つ場合もありますし、ネットなどを使いお客さま自身で知識を得る時代です。なので、消費者に対して、より上級の製品へと誘導するようなマーケティングは、こちらからは、一切、行っていません。

 ただ、ハイボールの入り口にした「角瓶」と、「山崎」「白州」との間には、実売価格で4倍近い開きがありましたから、ステップアップしやすいように、2012年に「山崎」「白州」のノンエイジを出しました。それくらいでしょうか。

 プレミアムウイスキーの広告でも、以前はいいイメージを主に訴求していました。しかし、いまのお客さまは事実を求めていますので、プレミアムウイスキーは、何にこだわってつくっているのか、価格が高くなるのはどうしてなのかなど、納得していただけるよう、ファクトを細かくお伝えしています。

──もうひとつ、最近のウイスキーユーザーに特徴的なのは、女性比率が上がってきたこと。特に若い女性の情報収集力、発信力は群を抜いている。

 調査結果でも肌感覚でも、女性が増えていることは確かです。バーテンダーとお話しすると、たいてい女性のほうが勉強熱心だとおっしゃいますね。しかも、知的欲求が強い。男性は知的欲求があっても、シャイでなかなかバーテンダーに声を掛けられないけど、女性はコミュニケーション能力が高くて、お酒について矢継ぎ早に質問をしてくるのだそうです。そして、初めての銘柄にも、気軽にチャレンジする。中高年の男性が、なかなかブランドスイッチしないのとは対照的です。

 ウイスキーの持つ敷居の高さが、ハイボールの流行で随分と下がってきましたが、女性ファンが増えたことで、ウイスキーについてのさまざまな知識や情報が、かなり広がりやすくなったと思います。私たちにとって、女性は、情報発信をしてくださる大事なお客さまですね。

「日本のウイスキー原料はコメですか?」

──サントリーは海外のコンペティションで、これまでに60を軽く超える賞を受賞している。そのほとんどは、「響」「山崎」「白州」で獲得したものだ。

 海外のコンペに参加するようになったのは2002年からです。最初は、業界関係者が審査する「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)」に出品して、2003年に「山崎12年」で金賞をいただきました。

 次いで、ウイスキー専門誌が主催し、ウイスキー愛好家の関心が高い「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)」にも出品。最初は、私たちのウイスキーを知っていただきたい、という思いだけで出していました。

 当時は、まだ日本のウイスキーが知られていなくて、海外のウイスキーイベントに行くと、「日本のウイスキーの原料はコメですか?」なんて真顔で訊かれたりもしました。「日本でもウイスキーを造れるの?」「日本に麦あるの?」くらいの感じでしたね。そんなことを何回も体験しました。2000年代初めには、そのくらいの認識度、知名度だったんです。

 それが賞を獲り、徐々に知名度が上がってくると、もの珍しさも手伝って、日本にもウイスキーがあって、意外といいウイスキーらしいよ、という話が広がっていくようになる。そこで、初めて海外の消費者に知られるようになりました。いまは、バーなどで、普通に置いてもらっています。興味が高じて、ビックリするようなプレミアム価格で売られているようなこともありますが。

──知名度が上がってきたこともあり、すでに海外にはかなりの量を輸出しているが、市場での存在感という点では、まだこれからだという。

 現在では、やはりヨーロッパ、アメリカでの販売がメインです。ヨーロッパでは、東欧での販売量が多く、あとはイギリス、フランス、ドイツといった国々で強いです。でも、やはり先進国が中心。インドや中国といった新興国は、これからですね。

 とはいえ、先進国であっても、知名度はまだまだ。熱心なウイスキー愛好家なら、ある程度は日本のウイスキーを知っていて、中には非常に高く評価してくださる方もいらっしゃいます。でも、ウイスキー人口からすれば、ごく一部です。

 例えば、アメリカでウイスキーを飲む一般の人のうち、日本のウイスキーを知っているのは、感覚的に10%とか20%くらいじゃないでしょうか。できれば、これを50%以上にまで持っていきたいなと思っています。

 現在は供給量に余裕がなく、海外でも製品のやり繰りには苦労していますが、単に棚に並べてくれる店を増やすのではなく、日本のウイスキーを知っていて、友達に紹介してくれるバーだとか、お客さまに推奨してくれる専門店だとか、インフルエンサーとして情報を拡散してくれる店から増やしていこうとしています。

「限定品」は、コンペには出しません

──毎年、海外コンペへの出品を続けているサントリーだが、出品する酒は、どのように決めているのだろうか。

 コンペに出品する酒を社内で選ぶ基準は、手に入りやすさですね。限定品などを出品して実力を試したい、と思うこともありますが、受賞した酒が買えないとなると、お客さまのストレスになりますから、基本的には、普通に買えるものだけに限っています。それでも、受賞すると品薄になって、簡単には買えないこともありますが。

 私たちは、いま、100万丁以上の樽を熟成させていて、全部テイスティングをしています。もし、すごく出来のいい樽が見つかったとしても、それだけを限定品としてボトリングし、「奇跡の一発」に、ということにはあまりならないんです。そういった樽は、むしろ新製品を開発する材料として考えていきます。

──海外コンペと日本のコンペ。出品者にとっては、それぞれに意味がある。特に今回のTWSCは、審査員が日本人である点が最も大きな特徴だ。

 日本人の味覚は本当に繊細で、独特の味覚があると思っています。特に、今回は数多くの日本人審査員が参加してくださいますので、非常に意味があることだと考えています。

 日本人が、世界中のウイスキーとスピリッツを、日本人的な感覚で評価するのは、初めてのことですので、海外のコンペと、どう違いが出るのか、あるいは同じ結論になるのか、そこに興味があります。

 海外コンペの審査員と日本の審査員、評価の軸が違っているかもしれませんし、あるいは、世界のどこであっても、誰が飲んでも、美味しいものは同じように美味しい、という結論が出るのかもしれません。

 実際には、国内と海外で同じウイスキーを販売していると、味の好みの違いを感じることはよくあります。やはり酒は、それぞれの土地のものなので、例えば、スコットランドの消費者とアメリカの消費者とでは、けっこう違うなあと感じることもあります。スコッチウイスキーはスモーキーさが特徴ですが、そのスモーキーさに対する繊細な感覚も、地域によって違ってきます。

──日本初のコンペに参加するからには、もちろん、日本人審査員の高い評価は得たい。しかし、TWSCに最も期待するのは、これからのウイスキー造りに生かせる情報だと、鳥井部長はいう。

 嗜好品ですので、絶対の評価はないと思っています。ですから、高い点数を取れるに越したことはないのですが、それよりも審査員の皆さんが、どう感じ、何を評価したのか、その中身を知りたいですね。それが、今後のモノ作りにとって、いちばん役に立つと思っています。

 これまで、海外コンペで受賞した時もそうでしたけれど、受賞すれば、もちろんそれは嬉しいことではあります。しかし、今日のウイスキーよりは、明日のウイスキーが美味しくなっている。3年後、5年後、10年後はもっと美味しくなっている。そうやって、長い時間軸でモノ作りをしていくのが私たちの仕事ですから、コンペでの受賞は到達点ではなく、あくまで、ひとつの通過点だと考えています。

(text=TWSC実行委員会)