東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)実行委員の早川は、クラフト蒸留所のコンサルタントとしての顔も持つ。新たにウイスキー造りを志す人々に、必要に応じてアドバイスや技術指導を行うのが、その仕事だ。いま、日本各地で次々と生まれるクラフト蒸留所について、早川が語った。(文中敬称略)
クラフトウイスキーの海外進出が
日本ウイスキーの定義を変える!?

──新たに蒸留所を建設し、ウイスキー造りに着手するには、熱意と資金と技術力が不可欠だ。クラフト蒸留所を志すほどだから、もともと熱意はある。クラウドファンディングやベンチャー投資が普及したおかげで、ひと昔前に比べれば資金的な手当てはつきやすくなった。しかし技術力は、知識に加えて、実際のウイスキー造りに裏打ちされた経験がないと、なかなか難しい。そこにコンサルタントが求められる理由がある。
ウイスキーを造るためには製造免許がいるのですが、これはある程度技術的な素養がないと取得できないんです。申請の際に提出する資料があって、まず、資料作成を手伝うところから仕事が始まります。
日本酒とか焼酎とか、お酒造りの経験がある人であれば、共通する部分もかなりありますので、あんまり初歩的なアドバイスまではしません。しかし、お酒造りがまったく初めての方でしたら、ご本人の想い、造りたいお酒のイメージ、事業計画など、詳しくお話を伺ったうえで、お手伝いします。経験がなくても、非常に熱意を持った方はいらっしゃいますし、いま、ウイスキーブームの追い風が吹いて、クラフト蒸留所が増えている時期ですので、できる限りお役に立ちたいと思っています。
いまのところ、現地に張り付いて、蒸留所立ち上げの工程に全部お付き合いするということはできないのですが、敷地の広さはどのくらい必要かとか、建物の配置をどうするかなど、プロセスの要所、要所で関わっていきます。でも、動く主体はあくまでもウイスキー造りを始められる方です。私はアドバイザー役に徹するようにしています。
とはいえ、蒸留所で働く人の募集をお手伝いしたこともありますし、サポートする中身は実にさまざま。ウイスキー文化研究所を中心とした、企業や業界の人たち、あるいは会員とのネットワークがありますので、その中で課題に対する解決策が見つかることも多いですね。
ポットスチルは2基で約4000万円の投資

──ウイスキー蒸留所のシンボルといえば、誰もが思い浮かべるのはポットスチルだろう。蒸留所ごとに独特の形状を持ち、その形状の違いがウイスキーの個性に反映されていく。どんなポットスチルにするのかは、新しい蒸留所の建設にあたって、最大のアタマの悩ませどころでもある。
ポットスチルについては、相談を受ければ、どんなタイプのウイスキーを造りたいのかを聞いて、それに向いた形状のものをアドバイスします。ただ、ポットスチルのネックが長ければ軽いタイプのウイスキーになる、といった基本的な情報は本にも載っていますし、お手本にしたいウイスキーのメーカーが、どんな形状のものを使っているのかは、調べれば分かることです。
しかし、わざわざネックの形状などを似せたポットスチルを作って、同じウイスキーを目指すのは意味がありません。目指す味の方向性は同じでも、ポットスチルのどこを違えて、どうオリジナリティを出していくのか、一緒に考えたりもしています。
現在、ポットスチルのメーカーは、あまり選択肢がないんですね。焼酎なども蒸留釜を使いますが、ウイスキーで使う銅のポットスチルを作れるのは、国内では三宅製作所だけ。ビールの醸造設備などを得意とするメーカーです。海外ですと、もう少し選択肢があるのですが、やはり人気は、有名なスコットランドのフォーサイス社ですね。
ただ、両社とも蒸留所の建設ラッシュでかなりバックオーダーを抱えているうえに、オーダーメイドの手作りですから、納入までかなり時間がかかります。いまは1年から1年半待ちだと聞いていますので、蒸留所の建設計画が、かなり左右されると考えた方がいいでしょう。
ポットスチルの価格は、メーカーやサイズによって色々ですが、2000リットルのものが1基2000万円くらい。ウイスキーは2回蒸留しますので、通常は2基必要です。しかし、同じポットスチルで2回行えば、1基でも造れなくはない。ウイスキーの製造免許では、年間で最低6キロリットルの製造が条件ですから、最低量くらいでしたら1基でも賄えます。
しかし、ボトリングして製品にすると、6キロリットルは1ケース12本で800ケースくらいです。とてもビジネスにはなりませんね。ビジネスベースに乗る生産量を確保するには、やはり2基は必要ですから、ポットスチルだけで4000万円ほどの投資になるわけです。
ウイスキー造りで最大のハードルは人材確保

──蒸留所を立ち上げていくには、さまざまなハードルがある。なかでも最大のハードルは「人」だという。
ものすごくやる気がある人でも、やはり1人で蒸留所を運営していくのは無理なんです。最低2人、できれば3人で回していく必要があります。最初のうちは蒸留だけやっていればいいのですが、やがて樽に詰める、あるいは樽から出してボトリングするといった作業が加わってくると、1人ではできません。
しかも、他の仕事と掛け持ちで回せる仕事量ではないので、専属でそれだけの人数が必要です。ウイスキーが好きで、造ることへの熱意があって、できれば、何らかの形でお酒造りの素養のある人・・・・そんな資質の人なら理想的。自分でも勉強をしますし、私たちが教えたことを自分のモノにし、さらに仲間や後輩たちへと広げていけるんですね。
ウイスキーは、蒸留所を立ち上げて、製品を作れば売れる、というものではありません。これからは、国内ではクラフト蒸留所どうしの競争がありますし、海外ではジャパニーズウイスキーとして認めてもらえる品質や個性が求められます。例えば、発酵試験や蒸留試験を重ねて新しいモノ作りの研究を進めていったり、人とのネットワークを広げていけるような人が、向いているんだと思います。すでに、クラフト蒸留所の現場には、そういう人が増えてきていますよ。
海外標準で造られる日本のクラフトウイスキー

──順調に成長しているクラフトウイスキー市場だが、1980年代の初めには「地ウイスキーブーム」が盛り上がり、急に失速した歴史がある。しかし、今のクラフトブームは、その時のようにはならない、と早川は見る。
日本の酒税法で決められているウイスキーの定義は、海外に比べて非常にゆるいんですね。製法や産地の条件はなく、穀類を糖化、発酵させ蒸留した原酒が入っていればウイスキーを名乗れる。熟成も必要ありません。
それで、以前の地ウイスキーブームの時は、価格が安く、質の悪い製品が多く出回りました。飲んで美味しくないし、ウイスキーとして海外に出せるものでもありませんでしたので、淘汰されたのは当然だったと思います。
対して、いまのクラフト蒸留所は、海外でもウイスキーとして売れる本格的な造りを目指しているところがほとんど。むしろ、クラフト蒸留所のほうが、日本のウイスキーの定義を、海外と同じレベルにまで高めることに前向きです。
──では、高品質志向のクラフトウイスキーは、TWSCでどのような評価を受ける可能性があるのだろうか。
日本のクラフトウイスキーは、評価が分かれるでしょうね。ブラインドテイスティングという、非常に公平な方法で行われるわけですが、スコッチに代表されるようなオーソドックスな造りと、クラフトのような新しく個性的な造りと、どちらに高い点数を与えるか、審査員の評価が割れそうな気がします。
(text=TWSC実行委員会)