• WHISKY & SPIRITSの現在
  • 熟成年数が長いほど美味しい、とは限らない
    価格と味のピークは、必ずしも一致しません

    ウイスキー文化研究所 特別技術顧問
    富士御殿場蒸溜所元ブレンド最高責任者
    早川 健

 東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)の実行委員会には、さまざまなスキルを持つ人々が、それぞれの思いをもって参加している。早川健は、富士御殿場蒸溜所の元チーフブレンダーとして、実際のウイスキー造りを担ってきた根っからの技術者。実行委員会の中では、ただ一人、製造実務の経験者だ。ブレンダーはウイスキーの美味しさをどう組み立てているのか、TWSCを前に、造り手の視点から早川が語る。(文中敬称略)

熟成年数が長いほど美味しい、とは限らない
価格と味のピークは、必ずしも一致しません

──ウイスキー造りにおいて、最終的にその味、香りを造るのはチーフブレンターの仕事だ。数百もの原酒を前に、理想的な美味しさを組み立てていく。拠りどころは、自分の嗅覚と味覚と経験値だけ。アーティストにも似たイメージを持たれるのは、このためだ。一方で、ウイスキー造りをビジネスとして手掛けるからには、ブレンダーは製品開発者でもある。消費者が、何を美味しいと感じてくれるのかを探り、組み立てていくのが、開発技術者としてのブレンダーの仕事だという。

 新製品を開発する際は、マーケッターを中心に、まず、どんなお客さまを設定するのか、というところから始めます。若い人なのか、初心者なのか、飲み慣れている人なのか。そして、お客さまの設定とともに価格帯を決定します。高価格帯の製品なのか、普及価格帯のものにするのか、といったことですね。

 想定顧客と価格帯が決まると、次は市場調査をしていきます。現状のウイスキーにどういった不満があるのか、どういったウイスキーが好きなのか、いま好みのお酒がなければ、どういったものが欲しいのか、等々。想定顧客にいろいろと話をしてもらって、技術サイドとマーケティングサイドとが協力してニーズを探っていくんです。

 このあたりの手順や詳細は、メーカーによって違うと思いますが、どこのメーカーも、そんなに大きくは変わらないんじゃないでしょうか。昔はあまり調査せずに、こういうものが出来たので売ろうよと、売りたいものが先にあることもかなり多かったようですが。いまは、ニーズを確認するのが先、という姿勢は、どのメーカーも共通でしょう。

 というのも、そもそもウイスキーは、計画的にしか造れないお酒だからです。蒸留して、樽で寝かせて原酒になるまでは何年もかかる。いったん、製品化すると、同じ味、同じ品質で安定的に供給しなければならない。そのためには、先々まで原酒が手当てできるメドを立てておかねばならない。市場ニーズを調べないで、いきなり製品化するのはリスクが高すぎるんですね。

──とはいえ、調査で味や香り、品質についてのニーズが、詳細に上がってくるわけではない。消費者は、プロのように味や香りを的確に表現する言葉を持っているわけではないし、それ以前に、自分がどんなものを欲しいのか、自分自身でよく分かっていないことが多いからだ。

 味についての表現は、消費者からは、そんなに出てこないんです。それで、ピート(泥炭)の強さを「コクのある」という表現に置き換えて好みを聞いたり、スコッチとバーボンについて、どちらをどう思うかといった聞き方で、好みの方向性を探ったりします。若い人には色々な可能性があるので、こちらから実際にお酒を提示して聞いていくことも多いですね。

 香りについて聞くのは、さらに難しい。私たち専門家が日常的に使うフルーティとか、エステリーとか、バニラといった香りを表す言葉は一般の人には分からないので、例えば「華やかな香り」「甘い香り」といった言葉に置き換えます。そもそも、ウイスキーの味や香りを表現する日本語はあまりなくて、プロの世界でも日本酒で使われてきた言葉が多く用いられています。のど越しがいい、スッキリしている、コクがある、飲みごたえがある、とかね。

価格帯で、モルト原酒の比率が決まってきます

──調査結果を踏まえて、マーケッターが新製品の概要をまとめると、そこからブレンダーの開発プロジェクトが開始となる。

 マーケッターのほうから来るリクエストは、こういう顧客に向けて、こういうシチュエーションで飲むお酒を造りたい、といった設定があり、調査の結果として、いまのお酒にお客さまが感じている不満は、水で割ると水っぽくなるとか、口当たりが悪いとか、香りが少ないとか・・・・そういうものが、上がってきます。つまり、例えば、若い夫婦が家庭で飲むのに、水で割っても味と香りが失われず、ウイスキーらしい飲みごたえが感じられる製品を造ってほしい、というわけですね。技術サイドが新製品のプロジェクトを始める段階では、味や香りの方向性はあまり入ってないんです。

 リクエストを受けて、最初に行う作業は、手持ちの原酒を調べ、メインで使えそうな原酒を決めること。どのくらいの熟成年数のものを使うのか、バーボン樽かシェリー樽か、どんな特性の樽を使うのかなど、選択肢は数多くあります。熟成年数が長いものを選べばコクが出ますし、同じ年数でもバーボン樽を選べばバニラの香りが出てきます。

 ブレンデッドウイスキーであれば、モルト原酒とグレーン原酒の比率で味や香りの強さが変わってきます。味、香りを強くして、コクを出そうとすれば、モルト原酒の比率を高めればいいし、ある程度、味、香りの強さを抑えて、飲みやすくするにはグレーン原酒を増やせばいいんです。

 ただし、モルト原酒とグレーン原酒とでは、コストがかなり違います。モルト原酒の原料である大麦は、グレーン原酒の原料であるトウモロコシに比べて、値段がだいたい3倍。この穀物価格の差が、そのまま原酒のコストにも反映されます。一般的に、ブレンデッドウイスキーでは中身の6割から8割がグレーン原酒ですが、製品の価格帯が決まっていれば、モルトとグレーンの比率もだいたい決まってきてしまいます。

世界中の消費者で強まるライト志向




──モルトとグレーンの比率など、製品の大枠が決まると、そこから味や香りを組み立てていく作業は佳境に入っていく。想定顧客が持つ、漠然とした「美味しさ」イメージを具体的な形に落とし込む作業が続く。

 次に決めていくのは、ピートのレベルです。最近では、麦芽をピートで燻していないノンピートのモルト原酒も出てきていますが、基本的にモルト原酒には、アイラ島のモルトのようなピートを強く効かせたヘビーなものから、ミディアム、軽いライトまで3段階くらいの原酒があります。

 日本のウイスキーメーカーは、ライトから、せいぜいミディアムくらいの原酒をメインで使うことが多いですね。しかも、最近の日本の消費者は、ピートがよりライトなものを好む傾向があって、徐々にピートのレベルは下がっています。これは世界的な傾向で、スコットランドから入ってくるモルト原酒でも、昔に比べてピートの成分が明らかに少なくなっています。

 しかし、モルト原酒をたくさんは使えない普及価格帯のウイスキーでは、ピートの強い原酒が切り札になることがあります。少しだけ使うことで、飲みごたえを大幅に増したり、豊かな香りをもたらしたりできるんですね。

──ピートレベルの違うモルト原酒を組み合わせ、美味しさを追求していく中で、もう1つ入ってくる重要な要素が、樽の熟成年数だ。

 ウイスキーは、樽の成分が抽出されて香味になっていきますので、熟成年数が長くなるほど香りは豊かに、コクも出てくる。熟成年数の長い原酒をどれだけ加えるかも、ポイントになってきます。熟成年数が長いということは、それだけコストも高いということなのですが、そこのバランスを考えながら、組み合わせていきます。

 ウイスキーが売れなかった時代には、定番商品の販売数量が計画通りにいかず、結果的に原酒の熟成年数が長くなって、品質が上がる、なんていう珍事もありました。最近はウイスキーブームで原酒が足りず、もちろんそんなことはあり得ませんけど。

美味しさのピークを越すと渋みが出てきます


── 私たちがウイスキーを飲む際、同じ銘柄なら熟成年数の長い方が美味しいし、上質だと思いがちだ。そうであることが多いのは経験的に感じているが、必ずしも正しくない、と早川はいう。

 ウイスキーは、熟成年数が長ければ長いほど美味しくなる、というわけではありません。長い方が樽の香りは強くなりますが、長すぎると樽からタンニンの渋みが出てきます。例えば、バーボンは熟成に新樽を使いますが、20年くらい寝かせると、渋くて美味しくなくなります。バーボンは4年くらいで熟成し、だいたい10年くらいまでが美味しく飲める期間です。

 スコッチやジャパニーズは、古樽を使いますので、もっと長く熟成できますが、過熟してくるとタンニンの渋みや、樹脂成分のテルペンによってヤニ臭さが出てきます。ウイスキーの美味しさの本質の一つは「まろやかさ」です。蒸留したての荒々しく、カドのある原酒が、年数が経つにつれて「まろやか」になっていく。

 いい時期を過ぎて年数が経ち、過熟すると今度は徐々に渋みが出てきます。そうなると美味しくありません。樽の古さや材質、貯蔵環境で熟成スピードは変わりますので、ピークを迎える年数はさまざまですが、長ければ長いほど美味しくなる、とは言えないのです。長いほど希少価値があって高価になる、とは言えるでしょうけど。


── ブレンダーにとって、新しい味と香りを組み立て、新製品を生み出していくのは、非常に息の長い仕事だ。後輩ブレンダーへと代替わりで引き継いでいって、はじめて新製品が世に出る、ということも普通にある。

 すでに出している製品について、原酒を手当てし、ブレンドを微妙に調整しながら、同じ品質で供給し続けることもブレンダーの重要な仕事です。そのために、似たような原酒をストックしているのですが、逆に、それらの組み合わせを変えただけで新製品を造るのは難しい。なので、将来に向けてテスト的に仕込んでおいた、色々な原酒があるんです。

 原酒の味を決める要素は、原料、酵母、樽、熟成の4つ。要素を変えて仕込み、熟成の途中経過を見て、モノになりそうだと判断した原酒は、同じ仕様で続けて仕込んでいきます。将来、製品化する際に、単年度で原酒が終わり、というわけにはいきませんから。ブレンダーたちの間では、「自分たちが造った新しい酒を、次の世代のブレンダーたちが製品にする」という言い方をよくします。

 開発は、最終的に30種類くらいの原酒を組み合わせていくのですが、そこでいちばん意識するのは、自分たちの新製品の特徴をどのように表現するかです。こだわった香りがきちんと出ているか、コクと飲みやすさのバランスはどうか、等々。これはもうトライ&エラーを繰り返すしかなくて、テストブレンドしたものを皆で評価しながら、設定した製品コンセプトが、どこまで実現できているか、自分たちが納得するまで探っていくんです。

──長年、ウイスキーの味作り、香り作りを仕事としてきた早川だが、TWSCには期待するものがあるという。

 海外の嗜好と、日本人の嗜好が、同じなのか違うのか、そのあたりが見えてくると面白い。ジャパニーズ・ウイスキーには、日本人の国民性が反映されている、ということが分かればいいなと思います。例えば、スコットランドの人が、スコッチはスコッチ、ジャパニーズはジャパニーズと、両方を違った個性のウイスキーとして認識してくれて、そのうえで、どちらも旨いねと言って飲んでくれるのが、いちばんじゃないでしょうか。それと、近年、品質が上がってきたバーボンが、どう評価されるかも楽しみです。

(text=TWSC実行委員会)