• WHISKY & SPIRITSの現在
  • コンペティションに参加するのは
    美味しさは何かを知りたいから!

    株式会社ベンチャーウイスキー
    代表取締役社長
    肥土伊知郎

 東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)で注目を集める日本のクラフトウイスキー。中でも、肥土伊知郎(あくと・いちろう)社長が率いるベンチャーウイスキーは、その草分け的な存在だ。埼玉県秩父市に蒸溜所を建設してから10余年。ウイスキー造りという時間の流れからすれば、ごく短い期間に、いくつもの賞に輝いた成功は、あとに続く多くのクラフト蒸溜所のお手本でもある。ウイスキー造りやコンペ参加への考えを語ってもらった。(文中敬称略)

コンペティションに参加するのは
美味しさは何かを知りたいから!

──ベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所。ログ造りのゲストハウスに入ると、これまで獲得した賞状がずらりと並べられている。ほとんどは、英国の専門誌「ウイスキーマガジン」が主催し、世界でもメジャーな品評会のひとつである「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)」のものだ。実は、最初の受賞は、自ら応募したものではないという。

 2006年の「ウイスキーマガジン」で、[プレミアム・ジャパニーズ・ウイスキー]特集があって、知らないうちに取り上げられていました。たぶん、日本のウイスキーは数が少なかったので、うちのウイスキーも入れてもらえたのだと思います。その中で、「イチローズモルト」が最高得点を取ったんです。それが、賞を獲得した最初ですね。

 受賞を聞いたときは、びっくりしましたね。そんな高い評価を受けるなんて、思ってもみませんでしたから、純粋に嬉しかったです。すぐに大きな反響があったわけではありませんが、「ウイスキーマガジン」は、世界中のウイスキー愛好家や酒のプロが読んでいる雑誌です。まったく無名の「イチローズモルト」に注目が集まるザワザワした感じは、なんとなく伝わってきました。酒屋さんの見る目も、少し変わりましたね。

──この時に受賞したウイスキーは、埼玉県羽生市にあった実家の造り酒屋から引き継いだもの。経営不振で羽生蒸溜所が人手に渡った後に、紆余曲折を経てベンチャーウイスキーが原酒の樽を引き継ぎ、製品化に漕ぎつけた。翌年から、コンペティションへの積極的な参加が始まる。

 2007年には、「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)」に出品して、[12年以下のジャパニーズ・シングルモルト]部門で賞をいただきました。それ以降、WWAについては、ほぼ毎年、出品しています。「ウイスキーマガジン」主催ということで身近ですし、エントリーしやすいということもあります。ほかのコンペで賞をいただいたこともありますけど、こちらから参加申し込みしたものはほとんどないですね。

──2008年から秩父蒸溜所が稼働し、3年後の2011年からは、シングルモルトの「秩父」シリーズがラインナップに加わる。

 これまでの賞で最も大きかったのは、2017年に、同じくWWAの[シングルカスク・シングルモルト]部門で、「イチローズモルト秩父ウイスキー祭」が獲った世界最高賞、2018年に[ブレンデッドウイスキー・リミテッドリリース]部門で、「イチローズモルト モルト&グレーン ジャパニーズブレンデッドウイスキー リミテッドエディション」が、やはり世界最高賞を獲りました。2年続けて世界最高賞をいただけたのは、非常に大きかったですね。

 この受賞が、業界の専門媒体だけでなく、一般向けのマスコミでも取り上げられたことで、一般の方への知名度がかなり上がりました。もちろん、付き合いのあるバーや酒屋さんたちからも、ずいぶんと祝福されましたし、注文される量が増えもしました。現状では生産量が限られているので、知名度が上がったからといって、新規市場にルートを増やすことは、あまりできないのですが。

秩父で造り、半分は海外へ

──生産量に余裕がないとはいえ、海外のメジャーなコンペで賞を獲ることは、海外へと販路が広がっていくことでもある。

 もともと、海外での販売には力を入れています。ヨーロッパ、台湾、アメリカに、かなり熱心に売ってくださる販売ルートがありますので、それらを中心に出荷しています。シングルモルトですと、だいたい半分は海外で販売しています。

 しかし、最近のウイスキーブームで、全体の需要と供給のバランスが崩れてしまう恐れがあります。現在、建設中の第二蒸溜所が稼働を始めれば、先々は、国内、海外ともに供給量を増やして行けると思います。

──ところで、コンペに出品するウイスキーは、どのように造られているのだろうか。日本酒の世界では、鑑評会向けに特別な仕様で醸造するのが、半ば常識になっているが、製品化までのサイクルが長いウイスキーでは、かなり事情が違うという。

 基本は、すでにある製品を出品しています。ただ、シングルカスクの場合であれば、色々な樽がありますから、これなら出品しても恥ずかしくないだろうという樽を選んで製品化することもあります。もちろん、コンペのためだけというわけではなくて、この樽を製品化したいという思いが、先にあってのことですけど。

 2017年の最高賞を獲ったシングルカスクは、製品化したときに、賞が獲れるかどうかは別にして、かなり美味しいものができたな、という手応えがありました。正直なところ、コンペに参加し始めた最初の頃は、どんな酒が賞を獲れるのか、よく分かりませんでしたね。最近では、賞を獲るためには、専門家のブラインドテイスティングで、評価ポイントに高い点数が付くだけでなく、ウイスキーとしての美味しさが備わっていることが必要なんだと思っています。

秩父は熟成が早く進む土地なんです

──秩父蒸溜所が目指すのは、スコッチの原点に忠実なウイスキー造りだ。そのため、モルティング(製麦)、マッシング(糖化)、発酵、蒸溜、樽熟成、ブレンディング、ボトリングという、ウイスキー造りの全工程を自前で持ち、昔ながらの手作業を多く取り入れている。ミズナラ(ジャパニーズ・オーク)で作られた珍しい発酵槽は、この蒸溜所の象徴でもある。ただし、工程はスコッチの製法に忠実であっても、味や香りの方向性は独自のものを目指しているという。

 ウイスキー造りをフローチャートに描いたら、どこの蒸溜所も同じ造り方をしているようにしか見えません。しかし実際には、造っている土地が違うし、気候が違うし、なによりも人が違います。同じように造ってはいても、そこには自ずと個性が出てきます。スコッチと同じ造り方をしていても、異なる個性になるのは当たり前なんです。

 特にウイスキーの場合は、熟成環境が非常に大きな影響を与えるんですね。秩父はスコットランドに比べて、寒暖差が大きい土地です。冬は毎朝、零下になる厳しさですし、蒸溜所の周辺ではマイナス10℃くらいになることもあります。 夏にはかなり気温が上がります。近くに、最高気温で有名な熊谷市があるくらいですから。

 寒暖差が大きいと、熟成が早く進みます。3年とか5年とか、スコッチの基準でいえばかなり若い原酒であっても、相当に深みのある味わいが出てきます。これまでの経験からすると、短期熟成に向いた樽をきちんと選べば、ひとケタ年数の熟成でも、かなりいいものが出来てくると思っています。

 逆に、長期熟成の場合であれば、現在のところ、10年熟成で、まだまだこれからという原酒がありますから、15年くらいから変わってくるのかな。やってみなければ分かりませんけど。第二蒸溜所が稼働すれば、生産量に余力が出ますので、熟成期間のバリエーションも増やしていけます。20年ものとか、30年ものとか、やってみたいですね。

知りたいのは、日本人ならではの美味しさ基準

──海外のコンペティション経験が豊かな肥土社長だが、審査員が日本人であるTWSCでは、評価されるポイントが、海外と同じなのか、違うのか。違うとしたら、どんな酒を日本人は美味しいと思うのか、非常に興味があるという。

 TWSCに参加する以上は、いい評価をいただきたいなとは思っています。今回はウイスキーだけではなく、さまざまなスピリッツのカテゴリーがあります。それぞれのスピリッツが、単純な好みではなく、どんなポイントで評価されるのか、カテゴリーごとの違いに興味があります。

 やはりウイスキー部門では、ウイスキーとしてのよさ、ウイスキーとはこうあるべき、といった評価対象となるポイントが見えてくることを期待しています。そして、そのポイントから私たちのウイスキーがどんな評価を受けるのか、楽しみではあります。

 TWSCで、日本人が、日本の風土で造り上げられたウイスキーやスピリッツを、日本人の審査員がどう判断するのか。ものに対する考え方、味に対する考え方には、日本人ならではのものがあると思いますので、そこがどう表れてくるのかが、TWSCの意義だと思います。

 まあ、私たちはまな板の上のコイですから、どう料理されるのか、待ってるだけなんですけどね。(笑)

(text=TWSC実行委員会)