2022-06-27
スコッチ【0264夜】かつては戦場に鉄板を持参、主食の一部だったオーツケーキ
オーツケーキ(オート麦の焼菓子)の古い言い方がバノック(Bannock)で、かつてはどの家庭でもグリッドル、あるいはガードルと呼ぶ厚い鉄板があり、その上でバノックを焼いたのだという。作り方はいたってシンプル。オートミールを水で練り、塩と重曹とベーコンを溶かした脂を加え、平たく伸ばして、熱した鉄板に乗せるだけ。焼くときに油は使わない。オートミールの粉を表面にまぶすだけだという。グリッドルは吊り手のついた丸い鉄板で、直接火にかけて使用する。ヘブリディーズ諸島などピート(泥炭)が取れる地域では、ピートの火に直接のせるために脚つきのグリットルが使われていたという。
今ではオーツケーキという言い方が一般的だが、逆に家庭で作るとことはほとんどない。食料品店やスーパーなどに行けば、どこでも安く売っているからだ。ちょっと塩味が効いていて、さくさくとした素朴な味がする。朝食ではこれにジャムやマーマレード、バター、蜂蜜、マスタードをつけて食べるが、実は一番相性がよいのは、ニシンだという。スモークしたキッパーズでも、あるいは酢づけにしたニシンでも、とにかくニシン料理にこのオーツケーキは欠かせない。さらにバターを塗ったオーツケーキに、スライスした生のタマネギをのせても美味しいという。
14世紀のフランスの書物には、ハイランド兵が戦地に赴く際にも鉄板を持参し、食事の時間になるとそれでバノックを焼いて食べたという記述が出てくる。勇猛で知られたハイランド兵のスタミナのもとは、このバノックで、かつてはお菓子というより主食の一部だったのだろう。武器と一緒に一枚の鉄板とオートミールを肌身離さず持ち歩いていたというのは、ちょっと微笑ましい気もする。
このバノックに砂糖とクリームを入れ、やや厚めに焼いたのが、「クライング・バノック」(Crying Bannock)である。砂糖が一般家庭にも普及した19世紀以降に登場し、子供の誕生や洗礼の儀式に欠かせないお菓子となった。クライングというのは、赤ん坊の泣き声のことだろうか。現在ではドライフルーツをたっぷり使ったダンディーケーキ(Dundee Cake)などが、これにとってかわっている。乳歯が生え始める時期に、リングを入れた大きなダンディーケーキを焼き、近所の主婦におすそ分けをする。リングはそのまま赤ん坊のおしゃぶりになるのだという。
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