2022-06-11
スコッチ【0250夜】ハイランドの人々にとって欠かせなかったヘザーとピート
ハイランドの大地を彩る花といえばヒースである。スコットランドではヒースではなく、ヘザーというほうが一般的だ。このヘザーが花をつけるのは7月終わりから8月にかけてで、花のシーズンは意外と短い。夏の終わりから初秋にかけて(ハイランドでは8月はもう秋である)、短い夏を惜しむかのように大地をピンクや紫色に染めあげ、やがて茶褐色に枯れてゆく。決してそれは心踊る風景ではなく、どちらかといえば寂しさを増幅させるような、寒々とした光景だが、しかしヘザーは北の大地に生きる人々にとって、欠かすことのできない植物であった。
しなやかで大地にしがみつくようにして生えているヘザーの茎は、籠やロープに網まれたし、農家の屋根にも用いられた。敷きゴザとしても利用され、箒の穂としても重宝された。古くはタータンチェックの染料としても用いられ、そればかりかヘザーの蜜を集めたヘザーハニーは、蜂蜜の中でももっとも高価なものとされている。実用的な面ばかりではない。ヘザーの小枝は幸運をよぶ「お守り」として、今でもスコットランドの人々から大切にされている。家族や友人が旅に出かける時に、ヘザーの小枝をお守りとして贈るのが習わしとなっているのだ。
しかしヘザーの役割で一番大きかったのは、それが燃料として使われてきたことである。といっても枝をそのまま利用したわけではない。ヘザーが堆積してできた草炭(泥炭)のことをピートと言うが、このピートがハイランドに暮らす人々の生活になくてはならないものだった。
ハイランドはほとんどが、このピート湿原で覆われている。人々は春になるとピート湿原に出かけていって、ブロック状にビートを切り出し、それをひと夏かけて乾燥させ、燃料として利用してきた。樹木の乏しい北の大地にあって、ピートは唯一といってよいほどの燃料であった。今でもヘブリディーズ諸島の島々に行くと、暖炉の燃料として、このピートが日常的に利用されている。
そのピートを燃やして麦芽の乾燥を行ったのがスコッチウイスキーで、スコッチ特有の煙香、スモーキーフレーバーは、このピートの煙によるものだ。スコットランドが生んだ世界の蒸留酒、スコッチウイスキーもまた、ヘザーがなければ造れなかったのだ。
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