2022-06-09
スコッチ【0248夜】ロスチャイルド家の世界一のシャクナゲ庭園
イングランドやスコットランドの気候風土に合っていたのか、それとも合うように改良されたのか、おそらくその両方だと思うが、イギリスほどシャクナゲが見事な国は、そう多くはない。5月から6月にかけて赤紫、コバルトブルー、真紅と、実に様々な大輪の花を咲かせて人々を愉しませてくれる。もっとも、伝統的なイングリッシュガーデンにはいささか大輪すぎるのか、有名なシシングハースト庭園(ケント州)を造ったヴィータ・サックヴィル・ウエストは、「ディナーには絶対よびたくない肥満の株式仲買人の花……」といって、軽蔑したという。ヴィータはシャクナゲの仲間であるアザレア(西洋ツツジ)についても、「新興住宅地に住むミドルクラスの花」といって憚らなかった。
そのヴィータから“肥満の株式仲買人”と揶揄されたのが、シャクナゲの採取と品種改良に生涯を捧げたライオネル・ドゥ・ロスチャイルドであった。ライオネルはロンドン・ロスチャイルド家の一員で、莫大な費用と時間を費やして造ったのが、南イングランドのニューフォレストにある、世界一のシャクナゲ庭園、エクスベリーガーデンだった。ライオネルの名誉のために付け加えておくと、彼は肥満の株式仲買人ではなく、ロンドンのシティに本拠を構える「ネイサン・アンド・サンズ・ロスチャイルド銀行」の経営者で銀行家、バンカーであった。あまりにガーデニングに熱心だった故に、「銀行家は趣味で庭師が本業」と、仲間うちから言われる始末だった。
エクスベリーガーデンは広さが250エーカー(約31万坪)もあり、その広大な敷地の中に数百万株のシャクナゲ、アザレア、そしてツバキが植えられている。乾燥を嫌うシャクナゲのために埋設された、スプリンクラー用の地下配水管の総延長は36㎞にもおよび、庭園の維持・管理のために庭師200人が雇われたという。そのために庭師とその家族が住む新しい村までつくってしまったというから、スケールが違う。当然そこには学校や教会、そしてパブまであるのだ。 ライオネルが手がけたシャクナゲの品種改良は1,200種にもおよび、そのうち450種ほどが王立園芸協会に登録され、今日では「ロスチャイルドのシャクナゲ」として人々に親しまれている。現在イギリス全土で咲き誇っているシャクナゲの大部分は、ライオネルが生涯かけてつくりだしたもので、野生化して野山で咲いているのも、その一種なのだろう。「英王室の花(ロイヤルフラワー)はバラだが、ロスチャイルド家の花はシャクナゲだ」というライオネルの言葉に、かつてヨーロッパ経済を牛耳った一族の誇りが象徴されている。
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