2022-05-25
スコッチ【0233夜】DCL帝国を率いたスコッチ業界の大巨人~その②
ウィリアム・ロスとDCL帝国、同社による「ビッグファイブ」の買収については前話(0232)で紹介した。その頃、もうひとつスコッチ業界を襲ったのが、時の首相ロイド・ジョージによる禁酒法の制定であった。
ロイド・ジョージはウェールズ出身の元弁護士で、自由党の論客としても有名だった。地主や富裕層、貴族に対する痛烈な批判で知られるロイド・ジョージが目論んだのが、全国禁酒法の制定だった。地方単位での禁酒条例はいくつか知られたが、全国禁酒法となれば話は別だ。ロイド・ジョージはウイスキーは富裕層の酒として、もともと目の敵にしていたのだ。時は第一次世界大戦の最中で、「ドイツのUボートよりも恐ろしいのが、我が国のアルコール中毒患者の増加だ」というのが、ロイド・ジョージの持論だった。
ウィリアム・ロスとロイド・ジョージの間で交わされた論戦は熾烈を極めたが、この時にロスが抜いたのが、「禁酒法が施行されたら、明日からイギリス国民はパンが食べられなくなる」という、伝家の宝刀だった。実は当時のDCL社はウイスキーだけでなくパン用酵母も一手に製造しており、その供給をストップするという、ロスの殺し文句だった。さらにアルコールは武器の製造にも不可欠で、DCL社がその供給をストップすれば、戦争そのものの遂行が不可能になる…。
ロイド・ジョージとの論争に勝利したロスはその後もDCL帝国を率いて、ウイスキー業界に多大な影響を与え続けたが、1935年に73歳で引退し、44年8月に82歳で大往生を遂げている。ロスが16歳でDCLに入社して、引退するまで57年間。それはスコッチ業界にとって激動の時代であり、ウィリアム・ロスの存在がなかったら、その激動の時代を、スコッチウイスキーは乗り切れなかったかもしれない。「スコッチの歴史をつくった3人の重要人物の一人」と、ウィリアム・ロスが言われるのはそのためだ。
もちろん、残りの2人は連続式蒸留機を発明したイーニアス・コフィーと、ブレンデッドを生んだアンドリュー・アッシャーである。
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