2022-05-20
スコッチ【0228夜】野生酵母に焼酎、ワイン用酵母の新しいチャレンジ
かつてスコッチのシングルモルトの風味は樽によって決まると言われてきた。使う樽材や樽の履歴、そしてその樽がどんなウェアハウスのどこに置かれたかで、様々なアロマ・フレーバーがもたらされると言われてきたのだ。その比率は6割から7割。なかにはフランスのミシェル・クーブレ氏のように、「シングルモルトの個性は95%が樽とその環境だ」と豪語する人もいたが、今、その樽に替わって注目を集めているのが酵母である。
糖類を分解してエチルアルコールを作り出す微生物は、酵母しかいない。学名でいえば「サッカロマイセス(ミセス)・セレビシエ(アエ)」、これだけである。ビールやワインも、そして日本酒もウイスキーも、すべての酒類のもとはこのサッカロマイセス・セレビシエなのだ(近年もうひとつのポンベ酵母も知られるようになった)。なのに、味がなぜこうも違うのか。
スコッチは伝統的に身近で手に入るエール酵母を使ってきた。今のような冷蔵設備、保存技術がなかった時代、蒸留所の必須条件は近くにビール工場(醸造所)があることだった。それが1970年代に登場した蒸留酒用酵母、特にウイスキーに特化したウイスキー酵母の出現によって状況は一変した。マウリやケリー(旧DCL社)がつくる、このウイスキー酵母が主流となり、90年代終わり頃にはエール酵母を使う所はほぼゼロになってしまった。そこへ登場したのがクラフトブームである。
北ハイランドのドーノッホ蒸留所のように、「1960年代のあのトロピカルフルーツのような味を取りもどすには、当時の酵母を使うしかない」と、言い出す者も現れた。今多くのクラフトが、従来のウイスキー酵母だけではなく、様々なビール酵母、ワイン酵母などにチャレンジしている。
こちらはクラフトではないが、それを象徴するかのような製品が2019年1月に発売された。グレンモーレンジィの「アルタ」である。アルタとはゲール語で“野生”という意味で、これはグレンモーレンジィが所有するカドボールの大麦畑から採集された野生の酵母を使った、まったく新しいウイスキーだった。もちろん、この酵母は今まで知られていた酵母とは違い新種の酵母。そのため学名は「サッカロマイセス・ダイアマス」と名付けられた。ダイアマスもゲール語で、“神の恵み”の意味である。
この新種の酵母を培養し、毎年9トン蒸留所に供給しているのは、フランスの酵母会社ララモンド社だが、グレンモーレンジィでは毎年1週間だけ、この野生酵母による仕込みを行っている。台湾のカバラン蒸留所も当初は台湾の野生酵母にトライしたし、日本のクラフトでは焼酎酵母や泡盛酵母、清酒酵母、そしてワイン酵母などで試験的な仕込みにチャレンジするところも増えているのだ。
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