2022-05-12
スコッチ【0220夜】知られざるホワイトホース物語~その① キーワードは自由、独立、旅立ち
ブレンデッドスコッチ、ホワイトホースの古いボトルにはラベルの中央上部に白馬が、中央下部に馬車のイラストが描かれていた。実はこれ、ブランド名の由来となっている「ホワイトホースセラー」という旅籠にちなんだもの。現在は高級集合住宅に改造されているが、スコットランドの首都エジンバラのキャノンゲート街に、ホワイトホースセラーは現存している。創業1742年のこの宿は、歴史的にも重要な場所として知られている。
スコットランドの歴史を語る上で欠かせないのが、17〜18世紀にかけて起きたジャコバイトの反乱。ジャコバイトとは、名誉革命で王座から追放されたジェームズ2世と、その直系子孫を正当な君主と仰ぐ人たちのことで、彼らを熱心に支持したのがスコットランド人。なぜ、スコットランド人はジャコバイトに賛同したのか? 理由の1つは、ジェームズ2世がもともとスコットランドの王様だったこと(スコットランドではジェームズ7世)。もう1つは、スコットランド人の多くがイングランドからの独立を望んでいたこと。ジャコバイトが勝利すれば、スコットランド独立の気運が高まる。ゆえに、スコットランドはジャコバイトの有力基盤となっていたのだ。
1745年、2回目となる有名なジャコバイトの反乱が勃発。指揮したのはジェームズ2世の孫のチャールズ・スチュワートで、スコットランドでは“ボニー・プリンス・チャーリー”として有名だ。ジャコバイト軍はハイランドをスタートし、イングランドへと南下する途中でエジンバラを占拠。このとき、ジャコバイト軍が泊まった宿の1つとされるのが、前述のホワイトホースセラーだった。ホワイトホースセラーの前には多くのエジンバラ市民が集まり、大変な熱狂だったとか。ジャコバイト軍は最終的には負けてしまうが(1746年のカローデンの敗戦)、ホワイトホースセラーは自由と独立の象徴として、今なおスコットランドの人々に語り継がれているのだ。ここはまた、ロンドンとエジンバラを結ぶ乗り合い馬車の乗降地としても有名だった。当時の人々にとって、ホワイトホースセラーは旅立ちの象徴でもあったのだ。(つづく)
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