2022-05-02
スコッチ【0210夜】人生に一度も退屈したことがない…。アイラ島最長寿だった女性の大往生~その①
アイラ島のカリラ蒸留所の隣に一軒だけポツンと建っているのが、「イエローロックハウス」と呼ばれる平屋の小さな家だ。眼の前はアイラ海峡。海峡のことを英語で“サウンド”というが、アイラ海峡を見ていると、まさにそんな感じがしてくる。海流が激しく、まるで川のように流れているからだ。さらに対岸にはジュラの山塊が迫り、背後は高さ数10メートルの断崖絶壁となっていて、これ以上孤立した場所はないかもしれない。
そのイエローロックハウスに独りで住んでいたのがリリー・マクドゥーガルさんだった。ウイスキーファンには、元ボウモア蒸留所のクリスティーンさんのお母さんと言ったほうが、分かりやすいかもしれない。そのリリーさんは2014年7月に100歳で亡くなった。クリスティーンさんが年老いた母のために、一緒に住もうとボウモアに家を買っていたが、亡くなるまで独り暮らしをやめなかった。理由はイエローロックハウスでの自由な生活を愛していたからだ。
アイラの人々を見ているとその独立精神、なにものにも束縛されない自由さに驚かされることがある。リリーさんの口グセは「人生に退屈したことは一度もない」ということだった。好奇心旺盛で詩や絵画を独学で学び、その詩作のためにアイラやジュラの山野を一人で彷徨うこともしばしばだったという。バグパイプも独学で吹き始め、1980年にエリザベス女王がアイラ島を訪れた際には、ポートアスケイグ港の埠頭でソロ演奏も披露した。アイラの女性で初めて車の免許を取り、その車の荷台に魚を積んでフェリーでキャンベルタウンまで売りに行ったのは有名な話である。ついた仇名が“リリー・ザ・フィッシュ”、魚売りのリリーで、長い間キャンベルタウンでは語り草になっていたという。娘のクリスティーンさんの影響で日本を知り、飼っていた2匹の猫にスシとノリという名前を付けた。亡くなる直前まで車を運転し、ボウモアの町まで買い出しに行っていたが、「ボウモアは人が多すぎて性に合わない」と言い続けていたという。
ノリは亡くなったが、スシはまだ生きている。飼い主を亡くしたスシを不憫に思ったカリラの職人たちによって蒸留所で飼われ、今はカリラで余生を静かに送っている。(つづく)
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