2022-04-28
スコッチ【0207夜】アイラで生まれたケルト民話集~その②
前話(0206)で“アイラの若きイアン”ことジョン・キャンベルを紹介したが、そのキャンベルが民話を採集したのが、アイラ島のポートエレンやリンス半島の先端にあるポートナハブンの村で、特にポートナハブン村の「アン・ティ・シェインズ」というパブで村人から民話を採集したという。
アン・ティ・シェインズとはゲール語でチェンジハウス、“着替えの館”の意味があり、もともとはコーチイン(馬車の駅)も兼ねていて、ここで馬を交換したからその名が付いたといわれるが、村人は昔からもう一つの意味を信じてきた。それは冬の嵐の夜に海からアザラシが上がってきて人間の姿になり、アン・ティ・シェインズでビールを一杯やって帰るという話である。チェンジハウスのチェンジは馬を交換することではなく、アザラシが獣の皮を脱ぎ人間に姿を変える、その変身の意味なのだとか。
たしかにパブの眼の前の小さな入江には、いつもアザラシの群れがいて、いつそのアザラシが陸に上がってきても不思議でない気がする。アザラシが人間の男や美女に変身するのは、ヘブリディーズ諸島に広く伝わる民話のモチーフで、それは日本の天女の羽衣伝説にもよく似ている。民話の世界では“変身譚”といわれ、天女の羽衣だけでなく、鶴の恩返しなどもこのパターンである。
前述の「アン・ティ・シェインズ」では見知らぬ男がカウンターでビールを飲んでいることがあり、その男が去った跡を見ると床が濡れているという。雨も降ってない夜に、足元がびっしょり濡れている…。村人がアザラシと断定するのは、そうした例がよくあったからだという。
ちなみにジョン・フランシスは旅行好きでもあり、明治維新直後の1874年に日本にやってきて、2ヵ月かけて中山道を通り京都・大阪まで旅している。アイラ島で民話採集していたジョンにとって、明治7年の日本はどう映ったのだろうか。いつか原文でその旅行記を読んでみたいと思っている。
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