2021-12-14
アメリカン【0188夜】テネシーいちのモテ男、ジャック・ダニエル~その①
アメリカのテネシー州リンチバーグにあるジャックダニエル蒸留所を訪れると、創業者「アンクル・ジャック」 の像が、レセプションホールで出迎えてくれる。膝まである長いフロックコートに、つば広の帽子、巨大な口髭をたくわえた眼光の鋭い人物で、頑固そうな人柄が、その像からも伝わってくる。
ジャスパー・ニュートン・ダニエル、通称ジャック・ダニエルは1846 年9月5日、テネシー州のリンカーン郡で、父キャラウェイ・ダニエル、母ルシンダの10 番目の息子として生まれた。ダニエル家はもともとウェールズからの移民の子孫で、テネシー州に定着する前は、サウスカロライナ州で農業を営んでいたという。
母ルシンダはジャックが生まれて5ヵ月後に亡くなり、ジャックは母の温もり、愛情を知らないままに育った。1852 年に父はマティルダという女性と再婚したが、この継母とうまくいかず、ジャックは6歳の時に家を出ることを決意。1マイル離れた隣家を目指して家を飛びだしてしまった。ベン・グリーン著の『ジャック・ダニエルの遺産』という本(Jack Daniel's Legacy, Ben A. Green1967)では、そのあたりの経緯がドラマチックに描かれているが、それはジャックの6 歳の誕生日のことだったという。
隣家の主はフェリックス・ワゴナーという人物で、近隣では“ フェリックスおじさん” と呼ばれ、よく知られていたが、もちろんジャックと血の繫がりは、まったくない。にもかかわらず、フェリックスに助けを求めたのは、継母とうまくいかないことよりも、一人の男として成長したいという、ジャックの願いからだったという。10 人兄弟の末っ子で、体が小さかったこともあり、家族から「ジャッキーボーイ(おちびさん)」と呼ばれていたことが、ジャックには不満であり、耐えられなかったのだ。(つづく)
ジャック・ダニエル像。 こちらは肖像画。 一覧ページに戻る