2021-08-06
スコッチ【0136夜】ブルース王とクモの巣の伝説
035でロバート・ザ・ブルース王のことを紹介したので、今回は王とクモの巣の伝説について。蒸留所を訪れると熟成庫を見せられることがよくあるが、どこも古い熟成庫では窓際にクモの巣が張っている。もちろん、払った様子はまったくない。熟成庫だけではなく、昔の職人は発酵室も蒸留室も、クモの巣を払うことを嫌ったという。これは品質を変える可能性のあるものを一切認めないからと言われてきたが、もうひとつ、スコットランドではクモの巣を払うことを嫌う人が多いのだ。それは、どうしてなのか。
ブルース王がロバート1世として戴冠したのは1306年のことだが、王位を継承できる貴族が他にもいたことは以前紹介した。しかも、あろうことか政敵を教会内部で暗殺したことで、イングランド王やローマ教皇からも無法者のレッテルを貼られ、お尋ね者になってしまった。王になってからもスコットランド各地を逃げ回り、遠くアイルランド、あるいはデンマークまで逃げたという説もある。そんな失意の連続だったある日、王は逃げる途中、ある島の洞窟でクモが何度も何度も失敗しながら、巣を張る姿に感銘し、自分を鼓舞したという。諦めかけた自分の心をふるい立たせたのが小さなクモの姿で、やがて王はスターリング城に入ると、その城の麓のバノックバーンの地で、イングランド軍を迎え撃ち、その大戦に勝利した。これが史上名高いバノックバーンの戦いで、スコットランド人にとってその年号である1314年は、永久に忘れられない年号になっているのだ。
これがクモの巣の伝説で、以来スコットランド人はクモを大切にしてきた。ブルースを王が一匹のクモに出会わなかったら、スコットランドの独立はなかったかもしれないからだ。ちなみにこの島は北アイルランドのラスリン島だったという説と、クライド湾に浮かぶアラン島だったという説など諸説ある。アラン島の洞窟は“キングスケーブ”、王の洞窟と呼ばれていて、私も行ったことがあるが、なんの変哲もない、ただの洞窟である。
アラン蒸留所。「0080 アランとラッセイの不思議なキャップ」では、アランのキャップに描かれたイラストにまつわるトリビアを紹介している。 アラン島の西岸の崖下にあるキングス・ケーブ。この洞窟のなかでブルース王は一匹のクモを見たという。 一覧ページに戻る