2021-03-10
スコッチ【0077夜】ディーンストンの謎のコイン
バルブレアとピクト人のシンボルの次に紹介するのがディーンストン。ディーンストンのキャップには、何やら不思議なものが描かれている。読めるのはディーンストンミルという英語と、意味不明のラテン語。数字の1795は年号のことで、真ん中の5/は、5シリングのことだろう。/はラテン語のシリング記号だからだ。
と、ここまで考えてきた時に思い出した。ディーンストンはもともと1785年に建てられた紡績工場である。設計したのは“産業革命の父”といわれたリチャード・アークライトで、閉鎖になったその工場を1965年に改造してオープンしたのがディーンストン蒸留所だった(0021)。ディーンストンミルというのは、元の工場の名前で、そういえば蒸留所を取材した時に、ビジターセンターでいくつかの資料を見せてもらった。その時に見たのが、ディーンストン独自の貨幣である。
1790年代から1800年代初頭にかけては紡績業の最盛期で、工場の横には職人たちが住む職工住宅が建設され、1300とも1500ともいわれる人々が、その村で暮らしていたという。もちろん工場側が建てたもので、住宅だけでなく教会や学校、郵便局、そしてパブや食料雑貨店もつくられたという。さらに、そこだけで通用する独自のコインも発行された。それがディーンストンコインである。
調べてみると「DEI・GRATIA」、デイグラティアはラテン語で神々の恵み、「CAROLUS」はカロラスで、これはチャールズ王の意味だという。ということは「IIII(※)」で、チャールズ4世を表していると思うが、やっかいなことに、そんな王様はスコットランドにもイングランドにもいない。
カローデンの戦いで有名なボニー・プリンス・チャーリーは、世が世ならチャールズ3世になっていたかもしれないが、このコインの年号である1795年以前の1788年に死んでいる。どういう意図でこの名を刻んだか分からないが(17世紀に発行されたチャールズ1世のコインは有名だという)、ディーンストンの、これが歴史的なコインであることは間違いない。どれだけ貴重かは、それをキャップにあしらっていることからも明らかだろう。
(※)一般的なラテン語の表記だと、「4」は「Ⅳ」と表記されることが多いが、かつては「Ⅰ」を4つで「4」を表記していた。現代でも、時計などではこの表記が多く用いられている。
ディーンストンのボトルとキャップ。ちなみに、王位継承順位どおり、チャールズ現皇太子がエリザベス現女王の跡を継いだ場合は、チャールズ3世として即位することになる。 一覧ページに戻る