2021-02-02
アイリッシュ【0060夜】かつての栄光を伝えるトーマスストリートの風車とパワーズのポットスチル
アイルランド共和国の首都、ダブリンのランドマークといえばリフィー河の右岸、セント・ジェームズゲートにあるギネスの本社工場と、その中心にそびえる「ストアハウス」だが、その目の前の、トーマスストリートを挟んで北側にあるのが、かつてのランドマーク、セント・パトリックスタワーと呼ばれる巨大な風車の塔だ。セント・パトリックはもちろんアイルランドの守護聖人である聖パトリックのことだ。
風車の羽根は残っていないが、これは1757年に建てられたトーマスストリート蒸留所の、かつての粉挽き用風車で、当時ヨーロッパ最大とわれた風車である。高さは45メートルもあり、塔頂部の装飾が、セント・パトリックの被る僧帽に似ていることから、そう呼ばれたものだという。現在は、産業遺産として国の保護指定を受けていて、取り壊すことはもちろん不可である。
実はギネスの工場のある一帯はかつてリバティー地区と呼ばれ、ビール工場やウイスキー蒸留所、それらに麦芽を供給する製麦業者が立ち並んでいた。「ダブリンのビッグ4」と呼ばれたトーマスストリート、ジョンズレーン、マローボーンレーン蒸留所は皆リバティー地区にあり、その対岸、リフィー河を挟んだ北側にはジェムソンで有名なボウストリート蒸留所が、高い煙突から煙を噴き上げていた。ジョンズレーンが造る「パワーズ」と覇を競い合っていたのが、ボウストリート蒸留所が造る「ジェムソン」だった。しかし、20世紀以降、アイルランドの独立戦争や相つぐ内戦でウイスキー産業は衰退し、ビッグ4も次々と閉鎖となった。
最後まで残っていたジョンズレーン蒸留所が閉鎖になったのが1976年で、それ以来ダブリンでは40年近く一滴のウイスキーも造られていない。すべては歴史の彼方に消えてしまったのかと思っていたが、かつてのトーマスストリート蒸留所の隣に、高いビルに囲まれるようにして、むき出しのジョンズレーンの3基のスチルが残っている。
ダブリン・アートスクールの校舎の敷地内で、訪れる人は誰もいないが、まぎれもなく、かつて栄光を誇ったパワーズの、石炭直火のポットスチルである。ぜひダブリンに行く機会があれば見に行ってほしい。アイリッシュ独特の形をしたスチルで、パワーズはこれで3回蒸留のポットスチルウイスキーを造っていたのだ。
(上)「パワーズ」を造っていたジョンズレーンのポットスチル3基。ヘッド部分が釜の中央ではなく横についている。(下)かつてのダブリンのランドマーク、セント・パトリックタワー。風車の羽根がない方が、建造物としてしっくりくるのは気のせいだろうか…。 一覧ページに戻る