2021-01-13
アイリッシュ【0050夜】妖精が造ったウイスキーの味は…
アイルランド人は今でも妖精を信じている…。いや妖精が造ったウイスキーというのも存在するのだ。2018年のアイルランド取材の時、ドニゴール州で泊ったゲストハウスは『ダン・ナ・シー』という名前だった。ゲール語でダンは砦でシーは妖精のことである。私たちが「ウイスキーの取材に来た」と言ったら、宿の主人が「うちの妖精が造ったポチーンを飲ませてやる」と言って、無色透明の液体が入ったボトルを持ってきた。ポチーンは密造酒のことで、樽熟成はさせていない。お世辞にも美味しい酒ではなかったが、宿の名前といい、主人の真剣な顔といい、いかにもアイルランドらしいと思ったものだ。もちろん、そんなことは信じていないが。
その翌年の取材で北アイルランドのキルオーウェンという小さなクラフト蒸留所に行った時のこと。そこはモルトウイスキーとポットスチルウイスキーを造っていたが、スチルはポルトガルのホヤ製が2基のみ。ワンバッチの麦芽は200㎏で、これで1,000リットルの麦汁を得ている。面白いのは、これをプラスチックのバルクコンテイナー(原酒の運搬用の四角い容器)に入れ、それで発酵させていることだった。しかもそのコンテイナーを数時間外に放置し、妖精の力を借りるという。蒸留所の背後には、こんもりとした丘があり、その名前がノックシ―。ゲール語で『妖精の丘』である。コンテイナーの蓋を開け、山の霊気を呼びこみ、妖精の力で発酵させるという。
さらに、キルオーウェンが造っているポットスチルウイスキーは、IWA(アイリッシュウイスキー協会)が禁じているピート麦芽を用いている。実はアイリッシュのポットスチルウイスキーで許されているのはノンピート麦芽だけなのだが、あえてピート麦芽を用いるのは、それが本来の姿であり、妖精が好む味だからだという。
蒸留したてのニューポットを小瓶に詰めてお土産にしてくれたが、事前にどんな字を書くのかウイ文研のスタッフにメールで聞いて、私の名前入りのラベルを用意してくれていたのには驚いた。
妖精を信じる国の人達は、どこまでも優しいのだ。
(上)キルオーウェン蒸留所にあるポルトガルのホヤ製のポットスチル。(中)発酵に使用するプラスチック製のバルクコンテイナーを、数時間外に放置することで妖精(?)の力を借りる。(下)ネーム入りでプレゼントされたニューポット。手書きの「PEATED」の文字でも確認できる通り、ピート麦芽を使用している。 一覧ページに戻る