2021-01-08
スコッチ【0046夜】ポリティシャン号沈没から80年。ウイスキーガロア物語~その①
今年は『ウイスキーガロア(Whisky Galore)』のもとになったSSポリティシャン号の座礁・沈没事故から、ちょうど80年という節目の年を迎える。SSポリティシャン号は1万2000トン級のイギリスの貨物船で、SSはスチームシップの略、つまり蒸気タービン船を意味する。
そのポリティシャン号がリバプール港を出航したのが1941年の2月3日のこと。当時は第2次世界大戦の真っ只中で、すでにイギリス周辺の海域はドイツのUボートによって支配されていた。アメリカのニューヨーク、ニューオリンズ、そしてジャマイカを目指したポリティシャン号は、Uボートを避けるため通常の南下コースではなく、イギリスとアイルランドの間のアイルランド海、そしてヘブリディーズ諸島最南端のアイラ島からミンチ海峡を北上するコースを取っていた。
そのミンチ海峡に入ったのが2月4日で、船はそのまま北上したが冬の嵐に遭い、2月5日の未明、アウターヘブリディーズのエリスケイ島沖で座礁。船体は二つに割れてしまった。明け方、それに気付いたエリスケイの島民によって乗組員は無事救助され、その後、本土に送り届けられたが、ドラマはそこから始まった。
ポリティシャン号が積んでいたのは、建築資材やバイクの部品、そしてピアノなどだったが、実は重要な積み荷がもう1つあった。それが5万ケース、26万本のウイスキーだった。
当時イギリス政府は外貨獲得のためスコッチウイスキーを輸出に切り替え、国内消費は配給制としていた。そのため産地のスコットランドでも、スコッチは日常の飲み物ではなくなっていたし、ましてや辺境のアウターヘブリディーズ(ノース語で地の果ての意)のエリスケイ島にウイスキーが届くはずもない。人口200人足らずの島には1軒のパブがあったが、最後のウイスキーがなくなって、すでに数か月。人々の意気消沈ぶりは、戦況の悪化より、さらに深刻であった。(0047につづく)