2020-12-22
スコッチ【0041夜】オーウェルが九死に一生を得たコリーヴレッカン
アイラ島のアードベッグほどユニークなネーミングのボトルを次から次へとリリースする蒸留所は珍しいかもしれない。毎年限定でリリースされるそのボトルを、世界中のアードベッグファン(これをアードベギャンという)は楽しみに待っているが、その中には、後に定番となったものもある。その1つがコリーヴレッカンだ。実はコリーヴレッカンはジュラ島の北端にできる大きな渦潮のことで、アイラ島とは関係がない。しかし、そこは稀代のアイデアマンでもあるビル・ラムズデン博士のこと。ジュラ蒸留所が用いなかった、その渦潮をちゃっかり、アードベッグのブランド名に借用した。
前回(0040)、ジュラ島とジョージ・オーウェルのバーンヒル荘について紹介したが、そのバーンヒル荘のすぐ近くで見られるのが、このコリーヴレッカンと名付けられた渦潮だった。これはノルウェーの有名な渦潮につぐ世界第2位の大きさの渦で、日本の鳴門の渦潮の何倍もの大きさなのだという。
ジョージ・オーウェルはバーンヒル荘で3年近い自給自足の生活を送ったと書いたが、家の前の広い庭では実際に野菜を育て、そして天気の良い日は小舟に乗って浜から魚釣りに出かけたという。くる日もくる日もタイプライターを叩き続ける日々の、それが唯一の息抜きでもあったのだろう。そんな時は結核のことも忘れ、先祖の地の自然をたっぷり味わったことと思う。
そんなある日のこと。オーウェルは釣りに夢中になり、土地の人から聞かされていた、この大渦に接近して、九死に一生を得たのだという。そのことはオーウェルの記録にも残されているし、ジュラ島の島史にも書かれている。1991年に一度だけ、私はこのバーンヒルコテージを見に行ったことがあるが、もちろん、その時はコリーヴレッカンのことは知らなかった。知っていれば見たかった気もするが、鳴門の渦潮とちがって陸上からこの渦潮を見るスポットはないという。
アードベッグ蒸留所と、『アードベッグ・コリーヴレッカン』。もし、オーウェル氏がコリーヴレッカンの渦潮に飲みこまれてしまっていたら、名作『1984』は世に出ていなかったかもしれない…。 一覧ページに戻る