2020-12-18
ワールド【0039夜】チベットのネーチャン・トーチャン
ウイスキーは穀物を原料に発酵させ、それを蒸留したものだが、穀物の中で、もっとも多く使われるのが大麦だ(そのはずだ)。スコッチのモルトウイスキーもアイリッシュも、さらにジャパニーズウイスキーも、主な原料は大麦である。ブレンデッドの原酒となるグレーンウイスキーと、アメリカンのバーボンウイスキーはトウモロコシを主原料としているが、最近のスコッチ・グレーンウイスキーの主な原料は、トウモロコシから小麦や大麦にスイッチしている。これはアイリッシュも同じである。
ウイスキーは簡単にいえば、大麦を原料としたビールを蒸留したものだが、若い頃、私が1年ほど滞在したインド・チベットにも、大麦を原料としたチャンというドブロクがあり、それを蒸留したのが、アラックという無色透明のスピリッツだった。インド・チベットのラダック・ザンスカール地方はインダス河の源流で、平均標高は3000メートルから4000メートル。極端に乾燥した、雨の少ない地域で、冬はマイナス30度にもなる。そんな風土でも大麦や小麦、えんどう豆などはよく育ち、人々の主食となっていた。その大麦・小麦から造られたのがチャンで、とにかく人々はチャンをよく飲んでいた。
当時、私は今ほど酒に詳しくなかったので、その造りに関しては深く知ることができなかったが、今から考えると大麦・小麦の糖化に、東洋の文化である麹を使っていたように思う。なぜなら麦芽に加工するところを見たこともなかったし、そんな道具もなかったからだ。蒸した大麦や小麦をヤクの毛で編んだ袋に入れ、そこに麹を加えて半分土の中に埋め、やがてそれが発酵したら桶に移し、上から水を注ぐ。アルコールを含んだチャンは、桶の下から取りだすという原始的なものだった。土といっても外ではなく、家の1階にある半地下式のヨカンという土間である。
大麦は六条大麦だが、チベットのものは裸麦で殻が取れやすい。大麦のことはチベット語でネー、そして小麦はトーである。だから大麦のチャンはネーチャンで、小麦のチャンはトーチャン。ネーチャン・トーチャンのその響きが面白くて、そんな単純なことに当時は喜んでいたが、今だったら、もっともっと知りたいことが山のようにある。実は半分土の中に埋めるという発酵法は、非常に珍しいものだというのだが。
チベットのラダック地方。穀物が育つところにお酒あり?地球には、我々がまだ知らないお酒がたくさんありそうだ…。 一覧ページに戻る