2020-12-17
スコッチ【0038夜】マフィアの大ボスと王様の身代金
「ラウンド・ザ・ワールド」といって、かつて世界一周航路の船に乗せて熟成させたウイスキーがある。エドラダワーをキーモルトとしたキングスサンサムである。このブランドをつくったのは、当時エドラダワーのオーナーだったウィリアム・ホワイトリー。自らを“スコッチの司祭”と名乗ったホワイトリーは、希代のアイデアマンでもあった。船の揺れが熟成に向くと知ったホワイトリーは、それをマーケティングに使い、デラックス・プレミアムブランドとして売り出したのだ。しかし、一方でホワイトリーには黒い噂も囁かれ、アメリカのマフィアの大ボス、フランク・コステロから資金援助を受けていたとも言われた。キングスランサムの売上げの一部はコミッションとして、コステロの懐に入っていたというのだ。
それを知ってか知らずか、第二次世界大戦のポツダム会議(1945年)の席上、ディナーのメニューに唯一のスコッチとして載せられたのがこのキングスランサムで、選んだのは時の英国首相ウィンストン・チャーチルであった。この時の出席者はアメリカのトルーマン大統領と、ソビエトのスターリン書記長の2人。チャーチルは『王様の身代金』という、そのネーミングが気に入って出したものと思われるが、それを見たトルーマンとスターリンは面喰っただろう。その意味を聞いて、思わずニヤッとしたかもしれない。第二次世界大戦の戦後処理を話し合う会合に、これ以上ふさわしいスコッチはないからだ。ただし、キングスランサムの背後にマフィアの大ボス、コステロがいることを知っていたかどうか。もし知っていたとしたら…。二重の意味で、チャーチルらしいウィットといえなくもない。なにしろ、希代のタヌキ親爺だったのだから。
キングスランサムは、そのあまりの贅沢なつくりゆえにか、1980年代には生産中止になり、今は完全に終売となっている。あるいは当時エドラダワーを買収したフランスのキャンベル社(ペルノリカール社)にとって、その歴史が、苦々しかったのかもしれない。なぜなら、フランスは戦勝国だったが、ポツダム会議の主役ではなかったからだ。
”世界一周”を経験したキングスランサムのボトルたち。ボトルをよく見ると、左の2本はPROOF表記である。アメリカ市場で流通したボトルだろうか…。 一覧ページに戻る