2020-10-26
ワールド【0009夜】ポンベ酵母を使ったウイスキーとは
地球上でお酒、つまりアルコールを造り出せる微生物はたった一種しかいない。それが酵母で英語ではイースト、学名はサッカロミセス・セレビシエである。日本酒もビールもワインも、そしてウイスキー、焼酎もすべてこれである。つまり人類の歴史はイースト菌という微生物によってつくられたといっても過言ではないのだが、実は近年になってサッカロミセスとは異なる、もう1つの微生物もアルコールを造ることが発見された。それがシゾサッカロミセス・ポンベで、南アフリカやジンバブエ、ザンビアなどで使われているポンベ酒の酵母がこれであった。
ポンベ酒は土地のトウモロコシやヒエ、アワなどの雑穀から造られるドブロクのような飲み物で、私も南ア、ジンバブエを旅した時に、さんざん飲まされた。特に南アのヨハネスブルグ郊外にある、世界最大の旧黒人居住区ソウェトで飲んだポンベが忘れられない体験となった。NHK・BSの2時間の旅番組の取材だったが、飲み屋とは名ばかり、普通の民家のガレージを改造した空間で、トウモロコシ原料のポンベが造られていた。発酵容器はゴミ用のポリバケツで、グラスも風呂桶のような安いプラスチック製。それが、ヤバイことに回し飲みなのだ。カメラが回っているので、イヤな顔はできなかったが、後で薬を飲んだのは言うまでもない。
このポンベ酒、南アだけでなく、その後訪れたジンバブエでもさんざん飲まされた。ジンバブエ第2の都市ブラワヨの旧黒人居住区のライブハウスでは、ライブの最中にどこからともなく、ポンベの入ったグラスが回ってきて、そこでもヤバイ体験をした。ジンバブエは旧ローデシアのことで、アフリカ諸国の中では最も遅い独立国の1つである(1980年独立)。独立を祝うセレモニーでは、あのレゲエの神様、ボブ・マーリーがわざわざライブ演奏を行っている。
そのポンベ酒のことは、アフリカ以降すっかり忘れていたが、数年前ディアジオのスペシャルリリースで、ポンベ酵母を使ったグレンエルギンがリリースされ、驚いたことがある。実は20~30年前くらいから、スコッチでも実験的にポンベ酵母を使って仕込みを行っていたのだという。それまで知られていたサッカロミセス・セレビシエは、いわゆる出芽酵母といわれるものだが、このポンベ酵母は分裂酵母と呼ばれるもので、両者はまったく違う。一説によると人類が誕生するはるか昔の、4億年くらい前にサッカロミセス・セレビシエとシゾサッカロミセス・ポンベの2つは分かれたらしい。つまり動物でいうと、人と爬虫類ほどにも違うのだという。
旧黒人居住区のソウェト。「五大陸横断20世紀列車がゆく アフリカの夜明けを追って」(1998年初回放映)ロケ中の一コマ。 放映できないような“ヤバイ”体験もしたというジンバブエ。 一覧ページに戻る