2021-08-10
スコッチ【0139夜】まるでウダツのような鳩小屋
イギリスではかつて多くの農家で鳩が飼われていた。鳩小屋のことをダブコテージというが、これは粗末な家のことだと思っていた。例えば桂冠詩人として有名なW・ワーズワースが暮らした湖水地方の家はダブコテージという名称で、質素な家だった。日本で粗末な家のことを「ウサギ小屋」というのと同じ発想かと思っていたが、スコットランドのファイフ地方に新しくできたキングズバーン蒸留所に行って、まったく違っていることを知らされた。
キングズバーンはゴルフの聖地として有名なセント・アンドリュースのすぐ近くにあるクラフト蒸留所で、2014年に創業したが、記念すべき最初の樽の保管場所として選んだのが、鳩小屋だった。案内してくれたダグラスさんによると、蒸留所は18世紀の古い農家を改造したのもので、当時ファイフ地方の農家はどの家も鳩を飼い、その小屋のつくりで互いに贅を競い合ったのだという。キングズバーンの鳩小屋の広さは15㎡ほど、高さは4メートル近くあり、内部の壁はびっしりと赤いテラコッタで仕切られている。その1つひとつの空間に鳩がつがいで棲んだということで、鳩は食用だったという。鳩人口というのも変だが、数百羽の鳩が文字どおりダブコテージの中に棲んでいたのだ。
この鳩小屋の建物は2階建ての家ほどの高さがあり、外からもよく見える。つまり人々はその小屋の大きさや造りで、財力を競ったが、内部のテラコッタはスコットランド産ではなく、わざわざ船でオランダから運んだものだという。内部にこんなテラコッタが使われた鳩小屋は初めて見たが、もちろん、今は鳩を飼う農家は皆無といっていい。100年くらい使われていなかったその鳩小屋を蒸留所としてオープンするに際して修復し、その中に記念の第1号樽を陳列しているというわけだ。理由は、まさにそれがファイフ地方を象徴する文化だったからという。どことなく、日本の商家に見られるウダツのようだと思うのは、私だけだろうか。ダブコテージは、ウサギ小屋と違って、粗末な家のことではなかったのだ。
キングズバーン蒸留所。 記念すべき第1号樽を保管しているダブコテージ。奥にはつがい(?)の鳩が写っている。 一覧ページに戻る